まず、僕たちのクラブのホームページを見て頂き、どうもありがとうございます。
僕たちのクラブは、2009年の3月、地方の小さな街で生まれました。
クラブを運営する為の資金も、場所も、能力も、正直何もありませんでした。
その時あったのは、サッカーが好き!サッカーがしたい!という想いでつながった、
約10名ほどの仲間と、情熱や想い、夢といった目には見えない不確かなもの。
今は、同じ志を持った仲間、協力してくれる家族、僕たちのクラブを温かく見守り応援してくれる方、
協力をしてくださる企業や商店、関係者の方。そういった多くの人達のおかげでクラブが成り立っています。
クラブを代表しまして、心から、感謝を申し上げます。
自分の生まれ育った地元に、理想のサッカークラブを作りたい!
サッカーの力で、街を元気にすることだってできるはずだ。
いつからか、そんな想いがいつもありました。
僕はここ、茨城県土浦市で生まれ、育ちました。
幼い頃の思い出の中の土浦は、活気に満ちていて、賑やかで華やかな場所でした。
父に連れられ、うきうきしながら土浦の繁華街に向かったことを良く覚えています。
ちょうど高校生の頃でしょうか。次々と店が閉まり、デパートは撤退。
目に見えるスピードで、自分の街が衰退していくのがわかりました。
この街に、未来はあるのだろうか?
多くの若者がきっとそうであったように、僕も外の世界へ出たいという気持ちが強くありました。
サッカーというスポーツに導かれるように、様々な場所に住みました。
南米のボリビア、ブラジル、オーストラリア、スペイン、
日本でも東京、埼玉、神戸、京都、大阪、どの街も魅力に溢れた場所でした。
でも、いつも地元というのは頭から離れない場所、帰るべき場所なのだと感じていました。
自分でもなぜそこまで地元にこだわるのか、不思議でした。
でも家族がいて、友達がいる。自分が生まれ、育った地域。それがいちばん大切だと思ったのでしょう。
サッカーの話に戻しますね。
僕は、小学校3年生の頃にサッカーというスポーツに出会いました。
当時の親友に誘われ、初めてサッカーをした日のことは今でも鮮明に覚えています。
「なんて自由なスポーツなんだ!」半袖短パンでボールを持って駆け回る気持ちよさ。
どこに行こうが、何をしようが、何も言われなかったのです。「サッカーって楽しい!!」
僕たちが小さな頃は、野球がいちばん人気もあり、男の子は野球をするのが当たり前でした。
僕は体が大きかったのもあり、キャッチャーをしていました。
野球は当時も今も大好きなのですが、キャッチャーって夏でも真っ黒のプロテクターをして、
ずっと座ってるんです。それが少ししんどくて。それに走り回りたかったんですね。
初めてサッカーの試合をした日、一瞬で、サッカーの虜になっていました。
中学に上がる頃、ちょうどJリーグが開幕。
カズやラモスといったスター選手に憧れ、プロになりたい!そんな夢が生まれました。
僕は中学校のサッカーで、本当の意味でのサッカーの楽しさに気がつきました。
サッカーがLIKEから、LOVEへとなった感じでしょうか。
それは、その時の仲間達のおかげだと思っています。
個性を持った仲間が、助け合い、それぞれの長所をピッチで発揮するサッカー。
みんな、仲が良くて、同じ夢や目標に向かってどんな辛い努力もする。
当時の僕たちは毎日15Kmくらい走っていました。
でも試合になったら楽しくて、楽しくて、もしこの時の仲間とのサッカーがなければ、
今僕はサッカーを続けていないかもしれません。
というのも、その後の高校サッカーからは、正直辛い経験の方がはるかに多かったのです。
時にサッカーの神様が見かねて、ささやかなプレゼントをくれることはありましたが。
その後の波乱万丈は、とても書ききれませんので、興味のある方は直接お会いした機会にぜひ。
とにかく、最初は自分のためにだけプレーしていたサッカーは、
いつしか仲間のためや、自分の周りの応援してくれる人のためになり、
今は未来を担う子供たちや、地域、社会のためにというように、僕の中で変化していきました。
僕たちのクラブは地道に、ささやかかもしれないけれど、
サッカーというスポーツの力で、人々を幸せにしたいと考えています。
皆さんはFCバルセロナというクラブチームを知っていますよね?
1899年、たったの8人~11人で創られたクラブが、今や世界中にファンを持ち、
そのサッカーは人々を魅了しています。
またFCバルセロナは、サッカーだけでなく、バスケットやホッケーなど様々なスポーツクラブを併せ持ち、
ソシオと呼ばれる約13万人もの会員たちの会費によってクラブが運営されています。
世界中から、そのサッカーを観る為に、そのサッカー哲学を学びに、バルセロナを訪れる人々がいます。
バルセロナは素晴らしい街ですが、FCバルセロナの存在しないバルセロナは想像できません。
街のシンボルとして、誇りや文化としてサッカークラブが根付いています。
そして、世界中にはそんなクラブ、そんな街がたくさんあります。
日本にもそんなクラブを創ることは可能でしょうか?
まったく同じものはもちろん、作れません。
でも僕たちはそれに近い未来を創るために、「今」を生きたいと思います。
自分たちのクラブを自画自賛するのは、少し気がひけますが、僕たちのクラブには、素晴らしい仲間がいます。
そして1人でも多くの新しい仲間が、一緒にクラブの歴史を紡いでくれることを願い、挨拶とさせて頂きます。
2012年1月
Football Club ESPERANZA FIELD OF DREAMS